専業主夫、ポン吉の徒然なるままに

20年近く主夫をしてきたポン吉の備忘録のようなブログ。

会社員の人事、一寸先は闇

退社間際の呼び出し電話

懐かしい人を見かけたので、ふと昔のことを思い出した。

まだ携帯電話がそれほど普及していない頃、

ポン吉は友人と食事に行く約束をすっぽかしてしまうことがあった。

もちろん故意にそうした訳ではなかった。

泣く泣くのことだった。

夜7時くらいに友人と駅の改札口で待ち合わせの約束をしていたので、仕事を終えて会社を6時半くらいに出ようとすると、取引先からすぐに来てほしいと連絡がくることがよくあった。

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もちろん取引先にすぐに向かうが、たいていはそこで1時間以上は打合せをすることになり、駅の改札口で待っている友人に連絡する手段がないので、結果として1時間ほど待たせ続けることになっていた。

そういうことがたびたびあったので、友人たちにはポン吉が約束の時間から10分以上経っても現れない時は行けなくなったと判断してもらうようにした。

ポン吉のプライベートタイムを台無しにしてしまう取引先からの夜の呼び出し電話は、だいたいいつも同じ相手からだった。

社内抗争

その取引先の担当者は剛腕で知られていた。

ポン吉はその担当者を「課長」と呼んでいた。

課長のその強引な仕事の進め方は、彼の社内でも評価を2分していた。

やり過ぎの部分もあるが仕事熱心な課長は創業家の社長を頂点とする社長派から気に入られていたようだった。

しかし、その会社の社長は高齢で息子はまだ若かったので次期社長は専務がなるだろうというのが大方の予想だった。

そのため社長派とは別に専務派が存在していた。

そして専務に気に入られていた部長は課長の強引なやり方を快く思っていないようだった。

実際に、課長の部下たちも毎晩残業していたので、不満がたまっていたと思う。

ポン吉も部長に同感だったので、次期社長に専務がなれば、もしかすると夜の呼び出し電話もなくなるのではと期待していた。

しかし1年ほどしても専務が社長になることはなかった。

ところが課長は本社から子会社に行くことになったので、ポン吉が夜に呼び出されることはなくなった。

それからしばらくして、高齢だった社長の後継には年の離れた若いご子息が就かれることになった。

気がつくと専務派は一掃されていた。

しかし課長が本社に戻ってくることはなかった。

というか、彼の役職が課長のままなのか子会社にいるのかさえ知らなかった。

数年後、その会社で大きな問題が起こった。

社長派を中心として巻き起こした問題の責任を取って、若い社長は辞任することになった。

騒ぎは社長の引責だけにとどまらず、役員たちも関与がうわさされた者は退任に追い込まれた。

社長派と思しき人は一掃された。

ちょうどその頃に、ポン吉は会社を辞めて主夫になったので、その後のその会社に関してあまり詳しくは知らなかった。

起死回生

しかし最近になって、テレビを観ていると見覚えのある人が画面の中にいた。

20年ぶりに見る顔だった。

課長に違いない。

いったい何故? どうして?

テレビでは一瞬しか映っていなかったので、すぐにインターネットで検索した。

すると課長は、子会社から本社に戻って、なんと本社の社長になっていた。

そして社長を辞めた後に大学の教授になり、コメンテーターとしてテレビに出ていたようだ。

あの強引な課長がネット上のプロフィール写真ではやさしいおじいさんのように映っていた。

ポン吉の会社員時代の同僚の話によると、

課長は専務派の意向で子会社に飛ばされていた。

しかし大方の予想に反して、専務は社長になれなかった。

実は、専務派は高齢の社長を退任させようと企てたが失敗してしまった。

そして社長の逆鱗に触れ専務派は一掃された。

高齢の社長はまだ社会経験が浅いにも関わらず、若い息子を社長に就任させた。

新社長はその若さゆえに功を焦ってしまい問題を起こしてしまった。

内部告発による問題発覚だったらしい。

引責辞任した社長は会社の実務には関与しないが、創業家一族が会社の大株主であることに変わりはなかった。

しかし本社には創業家の息がかかっている信頼できる人物はすでに一掃されていた。

だから本社の人間ではなくて、実績を上げて子会社の社長になっていた課長に白羽の矢が立ったそうだ。

課長はもともと社長派から気に入られていたし。

創業家としては子会社で実績を上げた課長を本社の社長に就かせることで、うまく院政を敷くことができたようだ。

もしも

課長が子会社に飛ばされずに本社に残っていたら、問題発覚時に社長派の有力者ということで処分されていただろう。

社長が問題を起こさなければ、子会社の社長としてそのまま働いていただろう。

ポン吉はすでに会社を辞めて主夫ではあるが、昔いた会社の人事を外から見ていると、

やっぱり! とか どうして? とか いろいろ感じるものがある。

しかし人事とはそういうもので、大きな流れには抗えないのかもしれないと思わされることがよくある。

本能寺の変がなければ、織田信長の家臣だった豊臣秀吉の天下もなかったかもしれないし。

本当に出世競争というものは一寸先は闇だと実感させられた。

まあ、ポン吉はそういう出世競争にエントリーしていない専業主夫なので、大したことは言えないが‥。

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