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専業主夫、ポン吉の徒然なるままに

20年近く主夫をしてきたポン吉の備忘録のようなブログ。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」よりも凄い!「天下分け目の関ケ原」を生き延びたご先祖様

お題

お題「何回も見た映画」

ご先祖様あっての自分

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、

主人公の少年がタイムマシンで30年前の過去に遡って、自分の両親となる男と女を無事に結婚させるために奔走する。

うまくその男と女が結婚できなければ、主人公の少年の存在は消えて、現代では存在しなくなってしまうからだ。

この映画は30年ほど前に大ヒットし、ストーリーはよく知られている。

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最近の日本のテレビや映画では織田信長のいた時代にタイムスリップしてしまう設定の作品を見かけることが多い。

では、もしポン吉がその時代にタイムスリップしたらどうなるだろう。

設定としては、

高校生のポン吉が1600年の関ケ原の合戦の前夜に東軍につくか西軍につくか決めかねている未婚のご先祖様のもとにタイムスリップしてしまう、というものにする。

ご先祖様が未婚のまま死んでしまっては、ポン吉は現代に存在しなくなってしまう。

ポン吉のミッションは、

そのご先祖様を関ケ原の合戦から無事に生き延びさせて結婚してもらうこと。

ご先祖様は1人でも欠けるとヤバイ

しかし、ここでちょっとした疑問が湧く。

1600年当時にポン吉のご先祖様は一人だけじゃないはず。

では、いったい何人くらいいたんだろう。

現在、ポン吉には両親が2人いて、もう亡くなったけど祖父母が4人いた。

ということは、1世代前でご先祖様は2人、2世代前で4人‥‥

1世代25年で計算すると1600年当時まで遡ると約17世代前になる。

つまり、131,072人!

関ケ原の合戦が始まる前に、

ポン吉は131,072人のご先祖様の身の安全を確保しなければならない。

まさに、ミッション・インポッシブル!

これはもうポン吉軍として一大勢力を誇るにじゅうぶんな人数だと思う。

東軍、西軍、ポン吉軍になってしまう。

まじめに考えると設定に無理がある。

奇跡的に生き延びる

当時の日本の人口は今の10分の1程度だったそうだから、

1600年に生きていた日本人の100人に1人はポン吉のご先祖様だったことになる。

おそらく、ご先祖様どうしでも死闘を繰り広げたことだろう。

しかし!

ポン吉のご先祖様たち総勢131,072人は結婚する前に誰一人として死ななかったのだ。

だからこそ今、ポン吉は存在している。

1番でなくても、バトンは落とさなかった

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戦国時代を何とか生き延び、命のバトンを17代もつないでくれて、

ありがとう!ご先祖様!

そして今この瞬間を生きている人達には、

1600年当時それぞれ131,072人のご先祖様がいたんだと考えると、

多くの日本人はどこかでつながっていて、遠い親戚関係があるように思えてきた。

その昔、テレビで「人類は、みな兄弟!」というフレーズのCMをよく見かけたが、

まさしく、「日本人は、みな親戚!」と言えるのかもしれない。

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喜ばれるプレゼントのために

お題

お題「プレゼント」

初めて招待された誕生日会

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 ポン吉が初めてお誕生日会に招待されたのは、小学校の低学年の頃だった。

初めての誕生日会とはいえ、いつも遊んでいる友達の家に行くのだからポン吉はあまりよく考えずに出席した。

それに当時、両親は共働きでポン吉は「鍵っ子」だったので、いちいち友達の家に行くのに親に話すことはしなかった。

だから、誰からもアドバイスを受けることもなかった。

友達にあげるプレゼントは茶封筒に入れて持って行った。

中身は、ポン吉が手に入れた「プロ野球カード」のお気に入りの1枚だった。

「王選手の1本足打法」が写っている貴重な1枚だった。

ポン吉がそのカードを学校のクラスのみんなに自慢していると、

友達が「いいなあ」と言っていたのを覚えていたのでプレゼントに選んだのだ。

しかし、招待されていた他のみんなの持ち物は少し違った。

みんなきれいな包装紙でラッピングされたプレゼントを持っていた。

それだけでなく、お菓子や飲み物が入った紙袋を提げていた。

今のポン吉だったらこの状況は肩身が狭くて早く抜け出したいと思うだろうが、

まだ小学生低学年のポン吉には気恥ずかしさは微塵もなかった。

みんなのプレゼントを友達がひとつひとつ包装紙から出す時、

みんな歓声をあげて、話が弾んでいたけれど、

ポン吉のプレゼントの時には微妙な空気が漂っていたのは覚えている。

プレゼントを手にした友達も、

学校でポン吉に「いいなあ」と言っていたわりには、喜びが小さかった。

みんなのプレゼントは明らかに誕生日会のために買った新品だったけれど、

ポン吉の用意したものは中古のプロ野球カードだった。

でもその誕生日会は当時のポン吉にとっては、楽しいひとときだったと覚えている。

お呼ばれのマナーというものを知らない者の強さ、まさしく「知らぬが仏」だった。

2度目の招待

それからしばらくして、今度は同じクラスの女子の誕生日会に招待された。

呼ばれたのは彼女と仲良くしていた女子数名と男子はポン吉だけだった。

招待された女子たちは、みんな学校で見かけたことがない「よそいきの服」を着ておしゃれしていた。

当時のポン吉は、前回の誕生日会に対してまったく反省していなかったので、

またもや茶封筒にプロ野球カードを入れていた。

もちろん、お茶菓子を持っていくような気配りは持ち合わせていなかった。

今度のカードも学校で自慢したことがある「ミスタージャイアンツ、長嶋選手」が写っている1枚だった。

ポン吉が大切にしていたプロ野球カードの中でも「王選手」と「長嶋選手」は別格の2トップだった。

招待された女子たちが持ってきたプレゼントは、どれも有名デパートの包装紙でラッピングされていた。

プレゼントをもらった彼女がひとつひとつ包装紙から取り出すと、みんな大はしゃぎして品物の説明をしていた。

そしてポン吉のプレゼントを茶封筒から出した瞬間、

招待された女子たちは「えっー! カード1枚だけ?」と言って驚いていた。

しかし、プロ野球カードを手にしていた彼女はポン吉に向かって笑顔で、

「〇〇くんが大切にしていたカードでしょ、ありがとう!」と言ってくれて本当に嬉しそうだった。

ポン吉も自分が大切にしていたカードを彼女に喜んでもらえて、とても気持ちが良かったのを覚えている。

それから数年後、小学校を卒業する時、彼女から手紙をもらった。

実は彼女はポン吉たちと一緒の中学には進学しないことになっていた。

当時のポン吉は手紙のことよりも、彼女がどうしてみんなと同じ中学に行けないのかが気になっていた。

たぶん彼女は成績が悪いから、特別な学校に行くのかなと考えたりしていた。

しかし小学生のポン吉の予想は間違っていた。

小学校を卒業してから10数年が経ち、ポン吉が会社員として働いていた頃、偶然彼女のことを知る機会があった。

彼女はポン吉の勤めていた会社の取引先の社長令嬢だった。

彼女は公立の小学校を卒業した後、有名な私立中学・高校・大学に進学していた。

おそらくは、小学生の時だけでも一般庶民と共に過ごさせようとご両親が配慮されたのかもしれない。

だから彼女の誕生日会に1名だけ庶民代表の男子としてポン吉が選抜されたのかも。

たしかに彼女の家に招待された時、庭にいたセントバーナードの犬小屋はポン吉の家よりもでっかいのではと感じたのを覚えている。

ただ、小学生の頃の彼女は誰とでも分け隔てなく接していたので、

ポン吉は彼女がお金持ちのお嬢様だとは全く思いもよらなかった。

喜んでもらうには

そういえば、小学校の卒業の時に彼女がくれた手紙には、

「〇〇くんからもらったプロ野球カード、今でも大切に持ってるよ。本当にありがとう。」と書かれていた。

彼女は何年も前のプレゼントのことを覚えていてくれたのだ。

プレゼントは物ではなく気持ちが大切だ、という話はよく聞く。

受け取る側が贈る側の気持ちを慮ることができなければ、

プレゼントはただの物で終わってしまうと思うと、少し残念な気がする。

しかし、受け取り人がそういう人間であるかもしれないことを慮ってプレゼントを贈るのが大人の対応というものかもしれない。

ポン吉はまだまだ未熟者なので日々勉強です。

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