専業主夫、ポン吉の徒然なるままに

20年近く主夫をしてきたポン吉の備忘録のようなブログ。

ホームステイのホストファミリーになる

ホームステイ

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ポン吉の4人の子供たちは全員ホームステイを経験している。

みんな違う場所だが、それぞれホストファミリーにお世話になって、素晴らしい経験をさせてもらってきたようだ。

長男は少し変わったホームステイを経験している。

日本国内の里山のお家に滞在させていただいて、農業・林業・漁業をホームステイ中に体験させてもらうというもの。

食事も現地ならではの物もあるようで、

小魚の佃煮かと思ってよく見るとイナゴの佃煮だったとか、

見た目は気持ち悪かったけれど目をつむって食べると美味しかった蜂の子とか、

今まであまり知らなかった食文化を体験できたようだ。

異文化交流

そもそも同じ日本人ですら、見ず知らずの家庭に数日お世話になるというのは、それだけで十分に異文化交流だと思う。

それが外国から来る見ず知らずの人を迎え入れて2週間ほど一緒に暮らすというのは、とてつもない異文化交流に違いない。

そしてこの夏、ポン吉は外国から来る2人のゲストを受け入れるホストファミリーになることとなった。

異文化交流と言う前に、ポン吉の家は文化的に前近代的であるので、修正が必要となる。

まずリビングのエアコンだ。

ポン吉の家では夏であろうが冬であろうがエアコンを使用することは滅多にない。

ほとんど使っていないにもかかわらず、というかちゃんと使ってあげなかったからかリビングのエアコンは、ポン吉の言うことを聞かなくなってしまった。

涼しいところからやってくるゲストにとって日本の夏は暑苦しいことこの上ないはず。

日本の一般家庭にはエアコンがまだ普及していないという間違った印象をゲストに与えてはいけないので、早急にエアコンを購入しないといけない。

次に車のエアコン。

ポン吉の車はいまだにカセットテープでしか音楽が聞けないほど古いので、エアコンも効かない。

カセットテープはご愛嬌と言うことで見逃してもらうにしても、エアコンは修理が必要だ。

車内の天井の内張りも剥がれてきているが、これは大目に見てもらうことにする。

まだまだ家の中には修理する必要のある個所が多くあるが、それはどこの家でもよくあることとして理解してもらおうと思う。

ゲスト2人に提供できる部屋は6畳ほどの1室のみで、そこにベッドを2つ用意するとかなり手狭になる。

広大な国からやってくるゲストにとっては日本の家はかなり小さく感じるだろうが、これはジャパニーズ・スタンダードとして受け入れてもらうしかない。

トイレに関しては、オート機能満載の便座なのでこれは少し日本のテクノロジーの高さを実感してもらえるはず。

ただし、事前にちゃんと説明しておかないと、訳がわからずにボタンを押してしまうと、せっかくの高機能が台無しになってしまう。

食事に関しては、できるだけいつもポン吉たちが食べている物を出そうと思うが、さすがに朝食の納豆には抵抗を感じるだろうから、シリアルを用意しておくつもりだ。

まあ、実際にゲストがやってくれば、案外なんでも受け入れてくれるかもしれないし、臨機応変に対応すれば何とかお互いに楽しく過ごせるだろう。

とにかく今年の夏は異文化コミュニケーションで面白くなりそうだ。

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暗黙の了解、背に腹はかえられぬ、不都合な事実

高校の授業参観

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先日、子供の学校の授業参観に行ってきた。

さすがに、高校生の授業はポン吉には難解で授業の内容を詳しく理解することはできなかった。

ポン吉は教室の後方で参観していたのだが、生徒の中には熱心にノートに何かを書き込んでいる者がちらほら見られた。

よく見ると、授業は社会科目だったが、一生懸命に問題を解いている生徒たちはみんな数学の問題集を開いていた。

先生も気づいていたとは思うが、そのことに関しては暗黙の了解のようだった。

受験のための不都合な事実

ポン吉の子供は理系クラスなので、受験科目に社会を必要としない大学を志望校として目指す生徒も多い。

そんな生徒からすれば、社会科の授業をきちんと受けたいのはやまやまだが、受験のことを考えると試験科目にない社会科よりも数学にちからが入る、背に腹はかえられぬということか。

難関大学と言われている学校の受験合格者の大半が私立高校出身者であるという記事を週刊誌で目にしたことがある。

公立高校は文科省の指導に忠実に従って教科書を選定し授業を進めている。

私立高校も同じように検定教科書を、たしかに購入はする。

しかし、実際の授業には使用していないことが多い。

だから検定教科書は毎年、ほとんど新品のまま捨てることになる。

授業には検定教科書とは別の教材が受験用に使用されているのだと思う。

難関大学に合格した生徒はそのことを十分承知した上で大学生になっているはず。

そしてその難関大学を卒業した人の中から、文科省に入省している人も大勢いるだろう。

文科省に入省し役人となった彼らは、その不都合な事実を知っているけれども、あえて自分の母校に物申すことはしないのだろう。

文科省からしてみれば、私立高校のそういう実態は暗黙の了解なのだろう。

私立高校からしてみても、生徒のためにも学校のためにも難関大学への合格者実績を上げたいという強い思いがある。

なので、検定教科書はお飾りで、実際には受験用のテキストを使用するという、これまた背に腹はかえられぬということのようだ。

暗黙の了解

子供の事情も大人の事情も、背に腹かえられぬ状況に対する暗黙の了解で成り立っているということか。

静かな教室で先生の声だけが聞こえる授業は、さすが高校生、大人になったと感じさせてくれる。

しかし、その静けさは暗黙の了解の上に成り立っていると思うと、ぺちゃくちゃと騒々しい小学校生の授業のほうが清廉潔白でよっぽど清々しく感じてしまう。

ただ、ポン吉の子供はそんな暗黙の了解というものとは別次元だった。

授業参観中だというのにコクリ、コクリと船を漕いでいた。

周りを見習えとは言わないが、もう少し大人になって危機感をもって欲しいと思わされた参観日だった。

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